【4月28日(木)開催分】Zoom版「非常識な読書のすすめ」
3,000円(税273円)
読書のすすめオリジナル企画!「Zoom版 非常識な読書のすすめ」
イベントお申込ページ
2021年10月からスタート!
読書のすすめ新企画「Zoom版 非常識な読書のすすめ」。
2022年4月開催は、4月28日木曜日の20時より
開催させていただきます。
今まで、逆のものさし講の勉強会など、会員様限定では、
オンラインでも清水店長はお話させていただいていましたが、
今後は、会員様でなくても、1回からご参加いただけて、
逆のものさし講より、少しライトな勉強会として、毎回
清水店長がZoomにて、1時間〜1時間30分程お話します。
ご興味あればこちらの「Zoom版 非常識な読書のすすめ」にも、
お気軽にご参加ください。
もちろん、おすすめの本もご紹介させていただきます。
◆4月28日(木) Zoom版「非常識な読書のすすめ」
日時:4月28日木曜 20時〜21時30分頃 ※延長の可能性あり。
会場:オンライン(zoomにて)
※お申込の方に、前日までに当日のZoomにお入りいただくurl等を
メールにてお知らせさせていただきます。
参加費:お1人 3,000円
【Zoom版「非常識な読書のすすめ」を始めるきっかけ】
清水店長が、先日読んでいた、三木清の名著『読書と人生』にある
「言葉」との出会いからでした。
以下の文章をお読みいただき、ピンときた方は、今後の回でも
是非ご参加ください↓
「何を読むべきかに就いては、もちろん善いものを読まねばならず、
悪いものを読んではならぬということは明かである。悪い本を読むことは
そのこと自身無益であるばかりでなく、悪い本を読んでいるうちには、善い
ものと悪いもとを区別することができなくなってしまうという危険がある。
ひとはただ善いものを読むことによって善いものと悪いものとを見分ける眼
を養うことができるのであって、その逆ではない。」
「善い本は必ずしも読み易い本ではない。大きな、分厚な、むずかしい本で
あるからといって避くべきでなく、その方面で最も善い本を読むように努め
なければならぬ。読書においても努力が大切であり、そして、努力はつねに
報いられるのである。やさしい本、読者に媚びる本ばかりを読んでいては、
真の知識も教養も得ることができぬ。一度でその本が全部理解されなくても
好い、ともかく善いものにぶつかっていくことが肝要である。」
「一般に何が善い本かといえば、もちろん古典といわれるような書物である。
古典は歴史の試練を経て生き残ってきたものであり、すでに価値の定まった本
である。古典は決して旧(ふる)くなることがなく、つねに新しく、つねに若々しい
ところを有している。古典を読むことによってひとは、書物の良否に関する鑑識眼
を養うことができるのである。古典を愛しないような真の読書家はなく、古典に
ついての教養を有しないような真の教養人はない。古典はつねに安心して読むこと
ができ、幾度繰り返し読んでもつねに新たな利益を得ることもできるものである。」
三木清著『読書と人生』より
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2021年10月からスタート!
読書のすすめ新企画「Zoom版 非常識な読書のすすめ」。
2022年4月開催は、4月28日木曜日の20時より
開催させていただきます。
今まで、逆のものさし講の勉強会など、会員様限定では、
オンラインでも清水店長はお話させていただいていましたが、
今後は、会員様でなくても、1回からご参加いただけて、
逆のものさし講より、少しライトな勉強会として、毎回
清水店長がZoomにて、1時間〜1時間30分程お話します。
ご興味あればこちらの「Zoom版 非常識な読書のすすめ」にも、
お気軽にご参加ください。
もちろん、おすすめの本もご紹介させていただきます。
◆4月28日(木) Zoom版「非常識な読書のすすめ」
日時:4月28日木曜 20時〜21時30分頃 ※延長の可能性あり。
会場:オンライン(zoomにて)
※お申込の方に、前日までに当日のZoomにお入りいただくurl等を
メールにてお知らせさせていただきます。
参加費:お1人 3,000円
【Zoom版「非常識な読書のすすめ」を始めるきっかけ】
清水店長が、先日読んでいた、三木清の名著『読書と人生』にある
「言葉」との出会いからでした。
以下の文章をお読みいただき、ピンときた方は、今後の回でも
是非ご参加ください↓
「何を読むべきかに就いては、もちろん善いものを読まねばならず、
悪いものを読んではならぬということは明かである。悪い本を読むことは
そのこと自身無益であるばかりでなく、悪い本を読んでいるうちには、善い
ものと悪いもとを区別することができなくなってしまうという危険がある。
ひとはただ善いものを読むことによって善いものと悪いものとを見分ける眼
を養うことができるのであって、その逆ではない。」
「善い本は必ずしも読み易い本ではない。大きな、分厚な、むずかしい本で
あるからといって避くべきでなく、その方面で最も善い本を読むように努め
なければならぬ。読書においても努力が大切であり、そして、努力はつねに
報いられるのである。やさしい本、読者に媚びる本ばかりを読んでいては、
真の知識も教養も得ることができぬ。一度でその本が全部理解されなくても
好い、ともかく善いものにぶつかっていくことが肝要である。」
「一般に何が善い本かといえば、もちろん古典といわれるような書物である。
古典は歴史の試練を経て生き残ってきたものであり、すでに価値の定まった本
である。古典は決して旧(ふる)くなることがなく、つねに新しく、つねに若々しい
ところを有している。古典を読むことによってひとは、書物の良否に関する鑑識眼
を養うことができるのである。古典を愛しないような真の読書家はなく、古典に
ついての教養を有しないような真の教養人はない。古典はつねに安心して読むこと
ができ、幾度繰り返し読んでもつねに新たな利益を得ることもできるものである。」
三木清著『読書と人生』より