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【限定20冊】東洋思想一筋!明徳出版社さんの「シリーズ陽明学」
池田草庵〜シリーズ陽明学30
2,750円(税250円)
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池田草庵〜シリーズ陽明学30
2,750円(税250円)
現品限りの20冊限定!貴重な本物名著

望月高明著

〈「シリーズ陽明学」刊行のことば〉
孔子・孟子が人間のあり方を説いた儒学は、宋代に一度、朱子が人間学として
再生させたものの、明末には再び文字章句の学問に堕落してしまった。
これを、王陽明は、我我の心には天より授かった良知があると叫んで、
人間の生き方とは何かを説き、自ら実践してみせたのが陽明学である。
 今日は、政治も学問も芸術も、みな小さな小手先のものに終わって、肝腎な
人間のための政治であり学問であることを失いつつある。この世紀末的な風潮を
匡(ただ)す思想として、いま政財界を中心に内外の心ある人々は陽明学に注目してきた。
しかし、原文はあまりにも難しく、読むことさえも容易ではない。
 ここに小社では陽明学に生きた日中の先人34名を拾い出して、その精髄を平易な
日本語に変えて人々に開放することにした。多忙な現代人にも本書の現代語訳と余説
だけは読んで頂きたい。
四千年来、人間の在り方を問いつめてきた儒学思想の一端なりとも、ここから
お汲み取り頂き、日常生活の一隅にでもそれを実践して頂けたら望外の幸せである。

◆以上の「シリーズ陽明学 刊行のことば」にもあるように、まさに今こそ必読!
易経の本物中の本物名著『易経講話』や、ドクスメ大人気の『言志四録 抄録』など、
タテ糸の本物名著を出版されている、東洋思想一筋の出版社、明徳出版社のシリーズ本
なので、内容は間違いありません!すでに20年以上前の本なので、在庫にも限りがあり、
シリーズ本は、各20冊ずつの冊数限定での販売になります。

陽明学を中心とした、気になる人物の語録や生涯などを、この機会に是非お読みください!

こちらは、「シリーズ陽明学」30の池田草庵の巻になります。

幕末から明治のはじめにかけて、山陰の地を離れず、専ら朱子学・陽明学を修めた草庵の
学問を文ばかりか、楠本碩水・林良斎等の講友に宛てた手紙を採り上げて懇切に解説する。

「私はその時、池田草庵のことを考えていた。日々悪戦苦闘を続けながら、大地の手強い
繋縛に抵抗して、ほとんど目に立たないほどゆっくりと、しかし堅固に自己を形成している
鈴掛の木の姿は、そのまま草庵の生涯と重なった。草庵の生涯を顧みるとき、その生の軌跡
とは、誤解を恐れずに最も単純化して言えば、正にそのような自らを育んだものとは異質な
ものへの已むことのない創造的な展開ではなかったか。
 草庵は陽明学者だといわれる。しかし、当然といえばそれはそうかも知れないが、
人は初めから陽明学者であるのではない。陽明学者に爐覆覘瓩里任△襦人間が儒者になる
ということは、それ自身としてはどれほど明白自明な事柄であるにしても、それを恰も
歯や髭などが年をとるにつれてひとりでに生えてくるように、なんの造作もなく至りつける
自然発生的なものだと考えるとしたら、それは大きな間違いだといわなければならない。
人間が儒者になるということは、飽くまで自己の決断によって、それであるところのものに
なるような自己の決断性の問題である。―中略― 私はこの書の中で、一人の人間が静かに、
しかも執拗に「如何にして人は儒者になるか」ということを自己の生の課題として「決断」し、
選び取り続けたその生の「反復」の跡を明らかにしようと努めた。その反復の跡とは、
確かに一箇の人間が本当の自己になるための真摯な歩みであった。草庵の生は、「儒教的」
という特定の歴史的生の表象を通して、現代という歴史的現実に生きるわれわれの一人一人が、
本当の自己になるとはどういうことかということを、われわれに鋭く突きつけているのでは
ないだろうか。そして、われわれが草庵と遭遇する途は、われわれもまた現代という境位
において、その問いかけに対して真摯に耳を傾けて応答するよりほかないのである。」
まえがきより

<目次より>
1 康斎の流亜(呉康斎先生日録序/楠本碩水書簡(池田草庵宛) ほか)
2 満福寺出奔(不虚上人に呈す/不虚上人に奉ずるの書 ほか)
3 読書講学(語録/書簡(林良斎宛) ほか)
4 黙坐修静(書簡(林良斎宛))
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