東京都江戸川区の篠崎にある熱い篤い本屋です!
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ドクスメでも大人気の一人称童話シリーズが冊数限定で再入荷!
「ものの見方」が変わる!「一人称童話」3冊セット
2,310円(税210円)
「ものの見方」が変わる!「一人称童話」3冊セット
2,310円(税210円)
以前、ドクスメでも大人気の一人称童話シリーズが冊数限定で再入荷!

※こちらの本は、絶版の近い状態で在庫が少なくなっている、貴重な絵本になります。
以前は、清水店長も様々なところでおすすめしていて、大人気だった絵本シリーズですが、
今幻になりつつあります。新刊の本ではありますが、冊数限定の掘り出し物として、
通常の書籍の定価より狷段未豊當蟆舛茲蠅990円お得にご購入いただけます。
※定価は、3,300(税込)
在庫がなくなり次第、取扱終了になりますので、このチャンスに気になる方は
お早めにご注文ください。

【注意】本の後ろに「自由価格本」というシールが貼ってある場合がありますが、
こちらのシールは出版社に眠っていた掘り出し物の証拠なので、予めご了承ください。
ちなみに、本の状態は多少、表紙に痛みや汚れがあるものもありますが、
中身等は基本的に通常の本とほとんど変わりません。こちらも予めご了承ください。

以前、読書のすすめでも大人気!
「ものの見方」がガラッと変わる「一人称童話」シリーズの3冊セットを、
冊数限定で再入荷しました。
在庫数も限られてきていますので、まだお読みでない方で、ご興味ある方は
是非お早めにご注文ください↓

◆『桃太郎が語る 桃太郎 (1人称童話)』

ぼくは鬼がこわいと思いました。
「昔々あるところに…」でおなじみのスタンダードな昔話は、決まって3人称、
いわゆる「天の声」でえがかれています。
3人称から1人称へ。客観から主観へ。もしあの童話の主人公が自らの口で語ったら。
その額にカメラがついていたら――
「1人称童話」はそんな発想のちょっと変わった絵本です。えがかれるのは、
3人称のナレーションでは語られない、
主人公の「たとえば」の胸の内。他者である主人公の視点から物語を体験する
1人称童話は「まなざしと気持ちの絵本」といえるのかもしれません。
「もしきみが桃太郎なら?」本の最後には、そんな問いかけが待っています。
この本の大きな楽しみのひとつは読んだ後にあります。
お子さま自身が「もし自分なら」を考える。たとえば旅立つとき、
鬼と向き合ったとき、自分ならどんな気持ちになるだろう。
もちろん正解はありません。物語の中にその身を置いて、
そこに現れる「心」や「行動」を自由に想像してみる。
それ自体がお子さまにとって新鮮な体験となることと思います。 まずは「桃太郎」から。
以降「シンデレラ」「浦島太郎」へ。ひとつの物語がお子さまの豊かな滋養となりますように。

◆『シンデレラが語るシンデレラ (1人称童話)』

もしあの童話の主人公が自らの口で語ったら。「シンデレラが語るシンデレラ」は、
前作・桃太郎に続く「1人称童話」のシリーズ二作目です。
「昔々あるところに…」でおなじみのスタンダードな昔話は、決まって3人称、
いわゆる「ナレーション」でえがかれています。3人称から1人称へ。客観から主観へ。
このシリーズでえがかれるのは、主人公の「たとえば」の胸の内。シンデレラは何を思い、
何を見つめ、何を求めていたのだろう。主人公視点で物語を体験する1人称童話は、
つまるところ「まなざしと気持ちの絵本」といえるのかもしれません。

この本の大きな楽しみのひとつは、読んだ後にあります。
「もしきみがシンデレラなら?」そんな問いかけが本の最後には待っています。
お子さま自身が「もし自分なら…」を考える。たとえば継母と最初に会ったときとき、
舞踏会に出かけたとき、ガラスのクツが脱げたとき、自分ならどんな気持ちになるだろう。
もちろんそこに無二の正解はありません。
作品の中に身を置いて、そこに現れる「心」や「行動」を自由に考えてみる。それは、
想像力を遠くのびやかにし、そして自分以外の誰かを思う繊細な心配りを育みます。
絵は人気イラストレーターの柴田ケイコさん。独特の鮮やかな色づかいと、
ぬくもりにみちた美しいタッチで、シンデレラの視界が展開されてゆきます。
ひとつの物語、ひとつの絵本が、お子さまの豊かな滋養となりますように。

◆『浦島太郎が語る 浦島太郎 (1人称童話)』

おいらはもう竜宮城にあきたのでした。
「昔々あるところに…」でおなじみのスタンダードな昔話は、決まって3人称、
いわゆる「天の声」でえがかれています。 3人称から1人称へ。客観から主観へ。
もしあの童話の主人公が自らの口で語ったら。その額にカメラがついていたら――
「1人称童話」はそんな発想のちょっと変わった絵本です。えがかれるのは、
3人称のナレーションでは語られない、 主人公の「たとえば」の胸の内。
他者である主人公の視点から物語を体験する1人称童話は「まなざしと気持ちの絵本」
といえるのかもしれません。
「もしきみが浦島太郎なら?」本の最後には、そんな問いかけが待っています。
この本の大きな楽しみのひとつは読んだ後にあります。
お子さま自身が「もし自分なら」を考える。たとえば浜辺でカメをいじめている
子どもたちを見たとき、カメの背中にまたがったとき、乙姫様と出会ったとき、
自分ならどんな気持ちになるだろう。
もちろん正解はありません。物語の中にその身を置いて、そこに現れる「心」や「行動」
を自由に想像してみる。
それ自体がお子さまにとって新鮮な体験となることと思います。
ひとつの物語がお子さまの豊かな滋養となりますように。